最近読んだ本(97)――有川浩『明日の子供たち』

 退職してから毎朝、また毎夕電車に乗ることがなくなり、唯一と言っていいほどの私の読書時間もなくなった。半年以上も本(私の場合多くは小説だが)を読んでいなかった。毎週見ていたいくつかのTVドラマも次々と最終回になってしまったし、プロ野球の開幕がいつになるか分からずテレビ観戦をすることもなく、時間が余った(毎日が日曜日状態で時間はずっと余っているのだが)ので、本でも読もうということになった。書店で選んだのが有川浩氏の『明日の子供たち』。

 この話の舞台は「あしたの家」という児童養護施設。その施設には、親の育児放棄など様々な事情で親の援助・保護を受けられない子供たち、小学生から高校生まで90人が暮らしている。そんなにも多くの子供が暮らす施設があることを恥ずかしながら知らなかった。2、3年前に同じような子供たちが暮らす家が舞台のTVドラマがあったが、精々10人くらいの子供が居るだけの所だった。ただ『明日の子供たち』でも登場人物は数人の職員と数人の高校生が話の中心になっている。

 社会人3年目で営業マンだった三田村慎平が、「あしたの家」に転職したところから話が始まる。慎平は働き始めて早々、壁にぶつかってしまう。谷村奏子という16歳の高校生が何故か三田村にだけ心を開いてくれなかった。

 三田村は「テレビ番組のドキュメンタリーを見て、かわいそうな子供の支えになれたらと思って・・・」というのが、児童養護施設に勤めることを決めた理由だったのだが、ある時奏子は、それは先生の自己満足だと、三田村にきつい言葉を投げつける。どうして自分が自己満足だ、と問う三田村奏子は、「施設のことを知りもしない奴に、どうしてかわいそうなんて哀れまれなきゃいけないの!?」と吐き、続けて「かわいそうな子供に優しくしてやろうって自己満足にわたしたちが付き合わなきゃいけないの!? わたしたちは、ここで普通に暮らしているだけなのに!」と、強く言う奏子の言葉に気持ちが揺らいだのは三田村だけでなく、読んでいた私もハッとさせられた。奏子の言葉はこの作品のテーマにも繋がる言葉であると思うが、これはもっと読み進めた後の私の感想である。

 やがて三田村は、子供たちとも徐々に打ち解け、反りの合わない先輩職員たちとの衝突などもある中で、一人前とはなかなかなれないまでも、子供たちに寄り添うことのできる人間を目指して成長して行く。

 児童福祉には厳然と地方格差があるのが現実だそうで、施設で暮らす子供たち皆が皆、良い環境でもないのだろう。難しいテーマに取り組み、素晴らしい作品として世に出すことができる有川氏もまた素晴らしい作家だ。

 有川浩氏の作品は、海から出て来た巨大な甲殻類に襲われたり(『海の底』)、空中に得体の知れないものが浮かんでいたり(『空の中』)、図書館で戦いが起きたり(『図書館戦争』シリーズ)、あるいは初老のおっさんたちが悪漢を懲らしめたり(『三匹のおっさん』シリーズ)とやや現実離れした作品などが多い。この『明日の子供たち』は、有川氏の作品にしては異質だろう。しかし、他の作品同様に、読解力の乏しい私でも分かりやすい文章で、物語の根底に流れる優しさを感じ、胸が熱くなる場面も多々あり、また時にはくすりとさせられ、そして最後には心が満たされた気分になる。そんな読後感は有川浩氏のどんな作品にも例外はない。

 自分の偏見や勘違いや偽善に気付かされた。もう60半ばの年になった今、この本を読んで、ただただ感銘を受けただけとも言えるが、もっと若い時に読んでいたら、また別の思いを抱いたことだろう。そう、もっと早くにこの本と出会いたかった。自分の子供にもこの『明日の子供たち』を読んで欲しいが、あいつらは「そんな暇はない」と言うのがオチだろうから止めておく。「親に頼らずに懸命に生きている子供たちが居ることを思い知れ!」と言ってやりたいが、これも止めておこう。

 この作品を読んでいる途中の区切りで一旦本を閉じた時に、その歌詞全体の意味と『明日の子供たち』の内容とは決して一致はしないのだが、中島みゆきさんの『ファイト!』のサビの部分、「ファイト! 闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう ファイト! 冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ」が、毎度頭の中を流れて来た。



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この記事へのコメント

花詩如
2020年03月21日 20:10
有川浩の本、良いですね。この本は読んでいませんが 沢山読んでいます。「おっさんシリーズ」も面白かったです。印象に残ってるのは色々ありますが、養蜂家一家が主人公の何だったかな。一番最近では「旅猫リポート」です。数年前から図書館を利用していますが、今月いっぱいはコロナで休館のため 自分の蔵書から途中で投げた本や 又大好きな本の再読をしています。
ゲコゲコ
2020年03月22日 01:48
>花詩如 さん
コメントありがとうございます。
私はまだ養蜂家一家の物語も「度猫リポート」も読んだことがないです。いつか読んでみます。
そうですねえ。早くコロナが修まってほしいですね。私の市の図書館も休館したままです。困ったものです。