懐かしい歌で思い出したこと

 YouTubeで次から次へと歌を聴いていました。私、音楽は好きです。AKBからクラッシックまで何でも聴きます。歌は下手なくせに歌うのも好きです。最近は滅多に行かなくなりましたが、以前はカラオケでもよく歌いました。もっとも私がよく歌った頃は今のようにカラオケボックスがあちらこちらにある時代ではなく、もっぱらスナックでというのが多かったですが。

 最近の歌は歌詞がさっぱり覚えられなくて、自分で歌うのは古い歌ばかりです。1960年代終わり頃のグループサウンズ。その後にブームになったフォークソング辺りが中心です。

 そんな時代の歌で、今日聴いたのは“シグナル”というフォークソンググループの『20歳のめぐり逢い』という歌。この歌を最初に聴いたのは20歳の頃でした。今日聴いていて、友人の下宿でちょっと議論した事を懐かしく思い出していました。

 この歌、サビのところで、「手首の傷は消えないけれど、心の痛みは僕がいやしてあげる、優しさで……」という歌詞があります。ちょうどその頃に流行っていた沢田研二の『時の過ぎゆくままに』という歌がありました。その歌詞の中には、「身体の傷なら直せるけれど心の痛手はいやせはしない」という文句があるのです。

 友人と議論したというのは、一方は身体の傷は直せないと言い、一方はそれより心の痛みは直せないと、なんだか真逆のことを言っているようなふたつの歌詞についてです。どっちが本当だと思うと、若い時にありがちな、どうでもいいようなことについての議論になったのです。

 「どっちがホンマやねん!」と人生幸朗・生恵幸子の漫才みたいな話で盛り上がっていたのですね。え? 人生幸朗・生恵幸子の漫才を知らない、って? そうですね。あまりに古かったですね。歌詞に文句を言うという「ぼやき漫才」として結構有名だったのですがね。例えば古い歌ですが、「赤いリンゴに唇つけて(中略)リンゴは何にも言わないけれど……」と『リンゴの唄』の歌詞を述べた後、「当たり前や。リンゴが物言うか! 物言うたら、果物屋のおっさんがうるそうてたまらんわ!」とボヤキまくる、というような漫才でした。

 いや、話が逸れました。友人と心の傷と身体の傷のどちらが、直るか直らないか言い合ったという話でした。私と友人は、まだ若かったです。その当時はまだどちらの傷もそれほど受けた経験はなかったのですが、かなり長い時間ああやこうやと言い合ってました。私も友人も心の傷は直せると言ったり、いややっぱり直せないなあと言ったり、自分たちの意見も一定しませんでした。身体の傷に対しても同様です。しまいには、どちらも直せない、いや待てよ時間が経てば直るか、とかやはり行ったり来たりでした。で、どういう結論になったのか、今ではもう全く覚えていません。いや、結局のところ結論なんて出なかったのかも。

 あの友人、今でも年賀状のやりとりはあるのですが、それだけです。学校を出てしばらくしてから一度だけ会ったことがありましたが、もう30年以上会っていません。あれからずいぶん年も取り、私は身も心も痛んでしまいましたが、彼は元気にやっているでしょうかねえ。



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この記事へのコメント

じーや
2016年11月24日 05:48
おはようございます。じーやでございます。

冒頭の
「最近の歌は歌詞がさっぱり覚えられなくて」
に始まり…
大変共感できる記事でございました。

昭和は良い時代でございました。

歌につきましても…
歌詞が頭に入ってくるものが多かったように感じます。
心に響く名曲が多かった。

最近の方は、ジュリーを知っている方も少ないでしょうな…。
当時のことが、フラッシュバックいたしました。
漫才ネタも…(笑)

また、おじゃまいたします。
ゲコゲコ
2016年11月24日 23:19
>じーや さん
コメントありがとうございます。
共感してくださった部分があったようで嬉しいです。
昔の歌の歌詞は、すんなり覚えられたのですが、最近はそんな歌が少なくなりましたね。
歌が難しくなったのか、こちらの物覚えが悪くなったのか・・・。

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