小林繁氏の訃報に驚いた ご冥福をお祈りいたします

 夕方、ネットで巨人、阪神でエースとして活躍した小林繁氏(現日ハム投手コーチ)急死とのニュースを知った。57歳って、ワシとあまり変わらんやん。

 私が大学生だった時、友人3・4人と甲子園へ対巨人戦のナイターを観に行ったことがあった。1970年代半ば。その頃は外野席なら当日でも巨人戦のチケットを買うことができた。

 巨人の先発投手が小林繁氏だった。その年、確か阪神打線は小林投手にことごとく抑え込まれていたと記憶している。今で言うなら横浜の三浦のような存在。阪神の選手は顔を見るのもイヤな相手だったのではなかろうか。

 その試合の方は案の定、小林投手が完封勝利。阪神打線でヒットを打ったのはブリーデンくらいやったと記憶しているが、違っただろうか?

 その小林投手が、1978年のあの「江川問題」で阪神へ緊急トレードとなった。いわば巨人の横柄なやり方の犠牲になったひとりだ。背番号「19」(それまで19番を付けていた工藤一彦投手が26番に変えられてしまったから、工藤も犠牲者のひとりだと私は当時思っていた)の縦縞のユニフォーム姿は、元々細身の小林投手が一層細く見えた。

 サイドスローで、ゆっくりとしたモーションからグググっと力を溜めてから、一気に投げ込んでくる独特の投球フォーム。そのフォームを今をときめく明石家さんまが、テレビに出始めの頃に形態模写して、観客を笑わせていたのを覚えている。明石家さんまは、番組に出る度に小林投手の真似をしていたから、小林投手なしでは今の存在がなかったのではないだろうか。

 阪神に来てからの小林投手は、そりゃあもう凄かった。79年は巨人から負けなしの10勝くらいしたように覚えているが、この辺りは記憶が定かではない。しかし、その年は22勝して最多勝になったのは覚えている。そんな投手が居たのにその年は4位の成績だったとは。昔はホンマに弱かったでんなあ。

 また小林投手で記憶に残っているのは、何年だったか覚えていないが(曖昧な記憶ばかりですみません)、大洋(現横浜)との敵地での開幕戦で押し出しサヨナラ暴投をしたのを覚えている。その試合をテレビで観ていて、今年もアカンなあとガックリしたものだ。

 いわゆる記録より記憶に残る投手だった。10年ほど前は近鉄で梨田監督の下、投手コーチをしておられ、その後韓国の球団でもコーチをされ、一昨年からは再び梨田監督の日ハムでコーチをされておられた。波瀾万丈の野球人生だったと言えるだろうが、これからは後進の指導など、やりたいことは多かったはず。誠に残念だ。ご冥福をお祈りいたします。


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この記事へのコメント

2010年01月20日 19:04
こんにには。お久しぶりです。

いやあ、小林氏の訃報はショックでした!
掛布・小林はホントの阪神ファンになる切っ掛けになった選手でしたので悲しい限りです・・・
にしても若過ぎるし、急過ぎますよね(泣)
う~ん・・
ゲコゲコ
2010年01月20日 22:57
>CLAP さん
江川の「空白の1日」のその日、私は雀荘のテレビでニュースを知りました。
「えーっ!」って感じでした。
それが、小林氏とのトレードにまで発展することになろうとは、その時には想像もしていませんでした。
現役時代もそんなに長くなかったです。生き急がなくてもよかったのに……。

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