高校2年の夏休みの思い出(5)

 私の高校時代、青春の汗を流して甲子園を目指したわけでもありませんでしたが、それはそれなりに楽しい時代でした。


 2泊3日の山陰での海水浴から帰って来てから3週間ほど経った夏休みももうすぐ終わるという日、――登校日だったと記憶しているが、帰る間際にM野くんが私のところへ近付いて来た。

「こんなもんあるんやけど、行かへんか?」
 M野くんの手には、映画のチケットが2枚。

 その前年くらいだっただろうか大ヒットした「小さな恋のメロディ」という映画があった。M野くんの差し出したチケットは、その映画で主役をして一躍人気者になったマーク・レスターという子役にとっての第二作目の映画だった。・・・・・・と、そう記憶しているのだが、これまた30数年前のことで確かなものではない。まあ何の映画だったかは、この物語とは全く関係がないので、このまま話を続けます。

 私は、映画が好きだった。高校の時もよく映画館へ行ったものだ。だから、M野くんの誘いに、
「行く、行く」と即返事をした。すると、M野くんは、
「よっしゃ! そしたらちょっと待っててんか。話つけてきたるさかいな」と、教室を出て行った。
 私もその後を追い廊下に出て、
「おい、ちょっと、どこ行くねん? 映画は? 話をつけるって、だれとやねん?」と、声をかけたが、
「ま、ええから、ええから、俺に任せておきって」と、M野くんは振り向いてニコッと笑っただけで 足早に廊下を進んで行った。
 私が追いかけて行こうとすると、M野くんはまた振り返って、
「付いてこんでもええわ。教室で待っててんか」と廊下を曲がり、階段を降りて行ったようだった。

 何をしに行ったんやろう、と首を傾げて私は教室へ戻り、窓のほうへ行った。教室の窓からは校門の辺りが見えるのである。私が、その校門のほうを見たちょうどその時、校舎からあの憧れの“KY”さんが出て来た。

 あ、“KY”さんだ。帰るのか・・・・・・。一度、ふたりで一緒に帰りたいなあ。でも、声をようかけんしなあ・・・・・・。というようなことをその時に思ったかどうかは覚えていない。しかし、たぶんそんなことを思っていたはずだ。何しろ、四六時中そんなことを考えながら、物陰から“KY”さんを見ていたのだから。――うう、なんて純情なんだ(自分で言うなって!)。

 と、その“KY”さんが校門を出ようとした時、後ろからM野くんが小走りに近付いて行くのが見えた。あ、あいつ、何をする気やねん、と私は成り行きを見守っていた。

 どうやらM野くんは後ろから、“KY”さんに声をかけた様子で、“KY”さんがその声に振り向き、M野くんが手招きして、ふたりは校門から少し離れた植え込みの前で向き合って立ち止まった。

 M野くんはポケットから、さっきの映画のチケットを取り出し、何やら話していた。「ま、まさか、あいつ・・・・・・」と、私は思わず声を漏らした。教室にはまだ数人残っていたが、その声には気付かれなかったようで、思い思いに自分たちの帰り支度をしていた。

 私はしだいに鼓動が高まるのを感じていた。一部始終が教室の窓から見ることが出来たが、何しろこっちの教室は3階である。声は全く聞こえなかった。

 ふたりの話が終わったようで、“KY”さんは校門から外に出てしまい、M野くんは校舎の中に戻って行った。M野くんが校舎の影に隠れる前、上を見上げてチラッとこちらを見たような気がした。

 M野くんはすぐに教室へ戻って来て、窓の側でたたずんでいる私のところまで来て、
「ごめん。あかんかったわ。都合がつかへんと言われてしもうたわ」と、がっかりした様子で言った。
「お、お前。何言(ゆ)うたん? まさか、お前“KY”さんを映画に誘ったんか?」
「そや。・・・・・・い、いや、俺と観に行くために誘ったんちゃうで。あんたと一緒に行ってやってくれと言うたんや」

 まさか、そんなことを言っているのでは無いだろうな、と教室の窓から見ていたが、その「まさか」だった。
 私は、ちょっと怒りのようなものが込み上げてきた。

 余計なことせんでもええ。俺は、密かに想っているだけで十分やったんや。何もそこまでしてくれんでもええのんや。
「これで、俺の淡い恋も終わってしもうたやないかい!」と、口から出そうになったが、グッと抑えた。

 M野くんも悪気でやったことじゃないと解っていた。あの海水浴の夜の浜辺での一件で、何とかしてやろうと思ってやったことだろう。ただ、やはり私にとっては余計なことだった。

 私の気持ちを感じてかどうかは解らぬが、M野くんはこう付け加えた。
「けど、イヤやから断ったようでもなかったで。ホンマに都合がつかへんかっただけみたいやったで。また機会をみて誘うてみたらええやん」
「ふん。何をいまさら言うてんねん。そんな気休めいらんわ」と、これも口から出そうになるのを引っ込めた。

 M野くんは、私のために映画のチケットを用意してくれたようだった。ただ一度海水浴に一緒に行っただけの仲だ。そんな私にそこまでするかと思うM野くんだった。

 それから後の高校時代の中でM野くんの行動を見ていて気が付いたのだが、M野くんはひとの世話をするのが好きなようだった。自分のことは後回しにしてでも、他人のことを優先して考え、そしてまた行動していた。ただ、思ったことをすぐ行動に移すタイプだった。それがたとえ思わしくない結果になろうと、M野くんはそういう人だった。

 高校を卒業してから、O橋くんとは何度か会ったが、M野くんとは一度も会っていない。同窓会も何度か行われたが、私が欠席したり、M野くんが欠席だったりで、顔を合わす機会はなかった。ただ、夏になり、海水浴へ向かう若者を見かけたりすると、必ずこの高校2年生の夏休みのことを思い出す。

 高校を卒業してから30年近く経った数年前のことである。別の友人達と会う機会があった。高校時代の思い出話に盛り上がっている時、私は「M野くん、どうしてる?」とふと尋ねてみた。その時集まっていた友人のひとりが、
「M野? あいつ亡くなったで」と、ぽつりと言った。

 陸上部の短距離の選手で元気いっぱいだったM野くん。お人好しで、ちょっとおせっかいなM野くんが・・・・・・。

 病気で亡くなったのか、事故だったのか、聞いたような気がするが、私の頭の中は真っ白になっていたのだろう、覚えていない。いや、真っ白ではなかった。あの高校2年生の夏休みに行った海岸の青い海と青い空が、頭の中いっぱいに広がっていた。

**************


 そうそう、“KY”さんとはどうなったか付け加えておきましょうかね。・・・・・・い、いや、それはやめておきましょう。え? そんなこと言わずに聞きたいって? うーん、それでは・・・・・・。

 新学期が始まった9月。どうにも気まずく、私は“KY”さんの顔を見ることが出来ませんでした。チラッと見ただけでは、私の事など全然気にしていない様子でしたが、私のほうは過剰に意識していました。M野くんがあんな行動を起こす以前よりも意識するようになっていました。
 そんな私に、“KY”さんが私の席に近付いて来てぺこりと頭を下げて、
「この前は、ごめんね。また今度、誘ってね。次は行くから」
と、ニッコリ笑って自分の席に戻りました。
 もう、私の心臓は、今度こそ破裂してしまうのじゃないかというくらいになってましたよ。

 で、それからどうなったかって? うーん、それは想像にお任せします。この長い話はここまでとします。
                    はい、おしまい。

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この記事へのコメント

やっちー
2006年08月28日 21:11
ゲコちゃん いい感じだね。
もしかして、その彼女は奥さんだったりして!!!

マークレスターは当時「可愛い!」で評判の男優さんだったよね。

青春の思い出はいろいろあるよ~。
私も似たような恋愛をした事を思い出したわ。
あの時のドキドキは、もうないかな~。
時間と共にどこかに忘れてきたようです。

でも、M野君の事を思うと悲しいね。

ゲコゲコ
2006年08月29日 00:03
読んでいただきありがとうございます。
残念ながら、家内じゃありません。
このブログを家内が見ることはない(PCを触れないのです)と思います。ま、見られたところでどうってことないですが。

青春は今でも続いていると、自分では思っております。
ぼたん
2006年08月31日 13:08
高2の夏休みの思い出(完結編)を楽しみに
していましたので
ゆっくりと読ませてもらいましたよ

映画のワンシーンのような光景が浮かび
M野君のお人柄に懐かしさを覚えました。
近所に一人はいた様な大人な性格だったようですね。
“KY”さんのように思いやりのある方は素敵な大人になったことと想像します。
いいお話をありがとう♪!
ゲコゲコ
2006年08月31日 16:06
ぼたんさんもありがとうございました。
映画のワンシーンのような・・・、とは過大なるお言葉。感謝いたしますです。

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